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東京高等裁判所 平成8年(ネ)4178号 判決 1996年12月26日

控訴人 中島正

右訴訟代理人弁護士 佐々木秀一

被控訴人 株式会社十字屋広告社

右代表者代表取締役 大井建男

右訴訟代理人弁護士 金子正嗣

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  控訴人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。右取消し部分に係る被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。

三  証拠関係は、原審並びに当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

四  当裁判所も、被控訴人の本件「読売家庭版」の広告スペースに関する損害賠償請求は理由があると判断するが、その理由は、次のとおり敷衍し、付加するほかは、原判決理由説示中の同請求に関する部分に記載のとおりであるから、これを引用する。すなわち、右引用に係る原判決の認定によれば、

1  被控訴人は、読売新聞その他の日刊新聞が購読者に無料で配布する広報月刊誌に掲載される広告の取次等を主たる目的とする株式会社であるところ、約二十二、三年前から読売新聞東京本社の広報月刊誌「読売家庭版」に掲載される広告の取次を行っており、具体的には、読売情報開発センターが泉広告社、博報堂等の広告代理店に広告スペースを提供し、被控訴人は泉広告社から、平成六年において、ほぼ毎月号分について、「読売家庭版」の「表二」(表紙の裏面)、「表四」(裏表紙)と「中面」の一頁を、博報堂から「中面」の一頁を提供してもらっており、これを株式会社大通等の代理店を通して広告主に販売していたこと、この広告スペースについては、当該年度の実績分は翌年度も確保されるのが通例であったこと、

2  控訴人は、昭和五六年四月、被控訴人に入社し、平成元年ころからは営業部長として、右雑誌等の広告スペースを広告代理店を介して販売する業務の責任者にあったが、平成六年一〇月一五日付をもって退職したこと、この退職は、被控訴人の繁忙期である平成六年九月一〇日ころ、被控訴人代表者に対して申出られたものであるが、その際、控訴人は、知人のゴルフショップの仕事を手伝うことになったと述べていたこと、当初控訴人は同月末日をもって退職したいとの意向であったが、事務引継などのため、一〇月七日まで出社し、同月一五日までは有給休暇を取得した取扱いを受け、同日分までの給与の支給をうけたこと、他方で、控訴人は、平成六年一〇月七日、実質的に全額を控訴人が出資して、被控訴人と同様の広告代理業務等を営業目的とする有限会社ダイレクト広告を設立し、自らその代表取締役に就任したが、そのことは被控訴人の代表者等には告げなかったこと、

3  同年九月初めころ、被控訴人は、控訴人が担当して、代理店関係にあった株式会社エス・ピー・ケイに対し、広報月刊誌である「読売ライフ」平成七年一月号の「表紙の三」の広告主への販売を申入れ、同社がこの販売ができるとのファックスを送信したのに、この受信文書が被控訴人の社内に保管されていないということがあったが、控訴人は、同月中、同社の担当者と面談し、被控訴人が基本的に代理店と取引をしないという方針をとることになったとの誤解を生ずるような不正確な情報伝達をすると共に、控訴人が退職する予定であり、「読売ライフ」平成七年一月号については控訴人が広告スペースを確保しているので、今後は控訴人が同社と取引をしたい旨述べたことがあったこと(もっとも、この広告スペースは、原判決記載一一丁表一行目から六行目に記載のとおり、その後被控訴人が価格を下げて他の広告主に販売したため、控訴人と取引をしようとした株式会社エス・ピー・ケイには販売することができなかった)、

4  同年九月下旬、控訴人は、被控訴人の従業員として、代理店関係にあった株式会社大通の代表者岡本幸之に対し、「読売家庭版」平成七年一月号について、空きスペースがあれば広告主に販売することが可能かどうかの問い合わせをしたので、右岡本は、従前取引のあったミコー及び日本ガラベラドゥパリに連絡を取って両社から広告を出したいとの連絡を受け、これを同年一〇月六日ころ控訴人に伝達していること、ところが控訴人は、同日か翌七日ころ、被控訴人代表者に対し、「読売家庭版」平成七年一月号の広告が販売しきれていない旨を述べたので、被控訴人代表者は、この広告主を探し出すのは時期的に困難であると考えて、同月七日、泉広告社に対して、広告掲載予定を取消す旨の連絡をしたこと、他方、控訴人は、同日大通代表者の岡本に対して、控訴人がこの広告を取り扱うことができる旨を告げ、結局、控訴人が代表者である有限会社ダイレクト広告が取引に加わって、前示ミコー及び日本ガラベラドゥパリの広告が「読売家庭版」平成七年一月号に掲載されたこと、

以上の事実が認められるのである。そして、この原判決認定事実に、甲第二号証、原審における控訴人及び被控訴人代表者の各尋問結果によれば、控訴人が被控訴人を退職した時期に接近して、同年九月末日、被控訴人において控訴人の部下であった営業課長の山口勝一郎も、家の仕事を手伝うとして被控訴人を退職し、その後前示有限会社ダイレクト広告の取締役に就任して控訴人とともに仕事をしており、また同じく被控訴人の制作室係長であった佐藤治之も、田舎に帰って仕事をするとして、同年九月一五日ころ被控訴人を退職し、その後結局控訴人とともに有限会社ダイレクト広告で働いている事実が認められることを併せ考えれば、控訴人は、控訴人の部下らと共に、被控訴人からの独立をしようとし、独立後の自己の利益を確保するため、未だ被控訴人の従業員であった時に、前示のとおり被控訴人の顧客を奪う結果となる背信行為を行ったものであり、これは控訴人が、使用者である被控訴人の営業上の利益を不当に侵害してはならないとの雇用契約上付随的に負担していた義務に違反して、被控訴人に損害を与えたものというべきである。

そして、右控訴人の債務不履行によって被控訴人がこうむった損害の額は、原判決一五丁表八行目から一六丁裏一行目までに記載のとおり、金二四〇万円と認められるのである。この点に関し、控訴人は、当審において、仮に控訴人に損害賠償義務が存在するとしても、被控訴人のこうむった損害は、前示有限会社ダイレクト広告が「読売家庭版」の「表二」と「中面」を大通に販売してあげた利益の額六〇万円とすべきであると主張し、乙第四ないし第七号証によれば、有限会社ダイレクト広告は控訴人主張のとおりの利益をあげていることが認められるのであるが、これが適正な利益であり、被控訴人が販売しても同額以上の利益を上げることができなかったとの的確な事情は認められないのであるから、前示原判決摘示の証拠によって認められる従来の実績から算定した被控訴人の得べかりし利益である二四〇万円という損害額を左右するには足らないものというべきである。その他に、右原判決認定の損害額が不相当であるとする証拠はない。

五  よって、本件「読売家庭版」の広告スペースに関する損害二四〇万円の支払いを求める被控訴人の請求を認めて、控訴人に対しこの支払いを命じた原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担について、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 佃浩一 升田純)

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